バーニング・スピアーのダブなら、まず3人組時代の『Garvey's Ghost』はマスト。本編『Marcus Garvey』と2in1になったマンゴ盤CDは、六本木ヒルズに軽やかに通勤するOLのLV印バッグにも必ず1枚は入ってる定番だから、もう取り上げなくていい。

 『ガーヴェイの亡霊』としたダブ・アルバム史上最高のネーミングに続き、スピアーはその後のダブ・シリーズを『Living Dub』(生きているダブ)として、その対比にまたもウィットをみせた。『Garvey's Ghost』の音像に漂うは故人ガーヴェイの御霊。しかしソロとなった新生スピアーの『Living Dub』は本編の精霊にあらず、別の息吹を受けた、新しい生命体というわけだ。

 同時にそのシリーズ名は、名曲「Social Living」にも由来しているはずだ。その曲を収めた78年のアルバム『Marcus' Children』が、『Living Dub Vol.1』(1)の元音源。

 そして、アイランド時代最終作にあたるその元アルバムを94年に英ブラッド&ファイアーが再発した際、アルバム・タイトル自体が『Social Living』に改題されている。実は『Marcus' Children』はジャマイカ盤のタイトルで、それが80年にアイランドUKから出た際、既に『Social Living』だった。現行盤『Social Living』は、しかし、オリジナルJA盤の曲順を採用している。

 この(1)は93年に米ハートビートがリリースしたもの。ダブ・ミックスはその前年にオチョ・リオスのグローヴ・ミュージック・スタジオで、同レーベル・プロデューサーのバリー・オヘア(Barry O'Hare)と、バーニング・バンドの当時のバンマス、ネルソン・ミラーの2人によってなされた。以後10年間ロングセラーを続け、現在Vol.4に達したダブ・シリーズを引っ張ってきた人気盤である。

 しかしこの(1)は『Marcus' Children』(=『Social Living』)の最初のダブ・ミックスではない。JA盤とUK盤のリリースの間に、ほんの短期間だけJA盤ダブ・アルバムが流通していたのだ。その79年製ダブの存在は、好内容の(1)が世界中で安定供給されていたこともあって、それほど話題にならずにいた。それが24年後の今年、スピアーのオートプロダクション〈バーニング・ミュージック〉から突然再発されたのだ(初CD化/コピーライトは2002年)。それが(2)、本稿の肝だ。

 ジャック・ルビー御用達だったブラック・ディサイプルズ・バンド(ホースマウス、ロビー・シェイクスピア、チナ・スミスetc.)中心の演奏も、スピアーの声&パーカッションも恐ろしくソリッドに立っていて、ダブ愛好家必聴の、03年ベスト・リイシュー候補。だが、そのクレジットは元盤『Social Living』のモロ写しで、肝心のダブ・リミキサーの明記がないのだ。

 録音はハリー・J・スタジオでエンジニアはシルヴァン・モリス。ミックスはコンパス・ポイントで、カール・ピターソンとベンジー・アームブリスター(Benji Armbrister)。

 多くのレゲエ作品で名前を見かけるアームブリスターは、アイランド作品制作の拠点コンパス・ポイントのアシスタント・エンジニアだ。そして米All Music Guideのリック・アンダーソンら多くのジャーナリストは、根拠を明確にしないままこのオリジナルのダブ・ミックスはシルヴァン・モリスによるものだと断言している。僕はダブもカール・ピターソンじゃないかと思うのだが…。

 カール・ピターソンはマーリー、トッシュ、ウェイラーの重要作から、アズワド、スティール・パルスまで、様々なアーティストのプロデューサー、エンジニアだった要人。そしてシルヴァン・モリスとピターソンの名前を見ると、その2人がミックスしたダブの傑作、バニー・ウェイラー『Dubd'sco Vol.1』が思い出される。もしかすると(2)も2人によるダブなのか? 『Dubd'sco』に劣らない素晴らしさであることだけは明白なのだが。(オーバーヒート・レコード49番、名盤『スレッジハンマー』では演奏していないものの、ピターソンはヘヴィービートのウィリー・リンドと共にボリス・ガーディナーのハプニング・バンドにも一時在籍していた。ダブ・リミキサー/マルチ・ミュージシャンとしての姿には、どちらにも謎が多いピターソンだ)

 音質、曲順共に過去最もオリジナルの意匠に忠実とされるブラッド&ファイアー盤『Social Living』と(1)と(2)を、僕はマッキントッシュのiTunesに読み込み、元曲→92年製ダブ→オリジナル・ダブの順に並べて、この数ヶ月飽きずに聴いている。これって、ホレス・アンディの『In The Light / Dub』CDをプログラムして聴く以上の愉悦だ。

 (3)は(1)と同時期、同じオヘア&ミラーによってミックスされた『Hail H.I.M.』(80年)のダブ。この『Living Dub Vol.2』にもオリジナル・ミックスが存在し、(2)同様バーニング・ミュージックからリリースされたばかり。未聴だが。

 ところでスピアーのダブ最大の魅力といえば、彼のひと声の重み、残響感だろう。元のヴォーカル・ヴァージョンから声の10%を使ったとして、ダブ・ヴァージョンに現れるスピアーの声は背後の90%を削った残りの10%ではない。ダブ・ヴァージョンを100%支配する、元ヴァージョンの声とは別の存在感を持つ生命体となる。90年代のスピアーを支えたバリー・オヘアは、その点にミックスの主眼を置いたのに違いない。

 そしてスピアー信奉者にとって『Living Dub』を聴く行為は、ダブ・ヴァージョンを音楽として享受する以前に、ひと声に凝縮されたオーラを崇め慈しむというスピアー本人への“信仰”なのだ。特にそういったファナティックなファン心理をおさえた作りになっている(4)や(5)は、その意味で、当然一見さんには優しくない。

 前者Vol.3は95年作『Rasta Business』のダブとして翌96年に、後者Vol.4は97年の『Appointment With His Majesty』のダブとして99年にリリースされたものだ。どちらもオヘアの仕事で、(5)では初めてスピアー本人もミックスに手を染めた。

 そのスピアーは映画『ロッカーズ』出演者の中で、今も最も精力的/コンスタントに活動している。7/1には新作『Freeman』をリリースし、そのFreeman Tourでは、7月からの3ヶ月で、ヨーロッパ40箇所と全米30箇所を回る。彼こそ最大のLiving Legend。いにしえのレゲエ・アイコンではない。


(1) "Living Dub Vol.1"
[Heartbeat]



(2) "Original Living Dub Vol.1"
[Burning Music]

(3) "Living Dub Vol.2"
[Heartbeat]


(4) "Living Dub Vol.3"
[Heartbeat]

(5) "Living Dub Vol.4"
[Heartbeat]