MOOMIN
No No No
 
Text by Naohiro Moro Photo by Hiroshi Nirei
 

2007年、ムーミン始動。今年一発目に届けられたニュー・シングルは、ムーミン・サウンドの真骨頂、ミッド・テンポのラヴァーズ・チューン。別れや、新しい出会いの季節「春」に向けて、優しく穏やかな語り口で元気を送るムーミンらしいメッセージ・ソングだ。
  
ムーミンのリリックの世界観は、常にリスナーと自分を同じ地平に置いた場所で語られていると感じている。
 現場の楽しみを伝えるダンス・チューンであっても、ラヴ・ソングであっても、例えそれが平和を訴える反戦のメッセージであっても。辛い事や、悲しい事。楽しい事。うれしい事。「それはオレも同じだよ」という地点から語りかけるのが、ムーミンの詩の世界であり、それが多くの共感を呼んできた。恐らくそれが彼にとっての自然体であり、自然体を貫く事が、シンガーとしての誠意であり、リアリティの追求なのかも知れないと思う。そしてその姿勢は変わる事は無い。
 
 その姿勢は変わらないのだが、今回の新曲「No No No」を聞くにあたって、その感触に若干の変化が生じて来ている様に感じた。それは以前より増した「包容力」という事なのかも知れない。
 
 去年、メジャー10周年を迎え、全曲カヴァーで構成されたアルバム『Adapt』で、レゲエ・シンガーとしての原点に立ち返ったムーミン。茅ヶ崎、藤沢のクラブでの、小さな人の輪に囲まれて歌い始めた彼は、客と同じ高さのフロアに立って、みんなの知っているカヴァー曲を歌っていた。そんな自分の出所を大切にするが故に、彼はオリジナルの曲を書く際にも、等身大のリリックを紡ぎ続けて来たのだろう。
 
 そんな彼も年月と共に、円熟期を迎えたという事なのか。ムーミンのスタンスは変わらなくとも、その目線は、同年代に向けられるものというより、自ずと優しげな父性をはらんだものになっていっている。慎重に選ばれた言葉の端々に。得意なハイ・トーンを使わずともしなやかに流れるメロディ・ラインに。そうしたところに、以前より増した「包容力」を感じるのだ。
 
 そんな本作のサウンド・プロダクションを手掛けたのは、キーボーディストの渡辺貴浩。本誌読者には、ムーミン、プシンのライヴで、ホーム・Gにもう一人加わるキーボード奏者と説明した方が早いだろう。あのナイスな笑顔のあの方である。あのナイスな笑顔は実はただ者ではないのだ。プロ・ミュージシャン歴、既に20年以上の渡辺は、80年代の東京クラブ・ミュージック黎明期からトンガった音楽に関わり、特に筆者にとっては近田春夫のファンク/ヒップホップ・バンド、ヴィブラストーンに在籍していたという事実一つ取っただけで超リスペクトに値する。現在もレゲエ・フィールドのみならず、ケミストリー、ホームメイド家族、ワイヨリカ、バード等も手掛けている。そんな渡辺の今回の仕事は、優しくも少し切ないコード感のエレピの音を、暖かなオルガンの音色が包み込み、それでいてしっかりレゲエな仕上がりの、正に今回の曲のイメージにマッチした出来。聞く程に味を感じる。
 
 カップリングの「Party Time」は、現在ではレーベル業も忙しいサンセット・プラチナム・サウンドのプロデュース。サンセットのこれまでのプロダクションと比較して実験的なアプローチのスペーシーなダンスホール・トラックに乗せた軽快なパーティ・チューン。「ラッセラッセラ」という猫ひろし風の合いの手も楽しい、盛り上がりそうな曲に仕上がっている。シングルとしてのバランスも良好だ。
 
 暖冬のせいで実感が乏しいが、もうすぐ春だ。寒さから解放されそうな兆しを感じる頃に、日差しの中で聞きたい。ムーミンの新曲「No No No」からは僕はそんな印象を受けた。
 
「No No No」
Moomin

[Universal / UPCI-5046]